蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

小説 沈黙

沈黙外伝・断片

「ところで先生、例の表彰の件はどうなったんです」 「うーん。何をモタモタしてるんだアイツは」 「その後、連絡はないのですか」 「とんと、さっぱりだ」 しばし口をへの字に結んで沈黙していた乱穂先生は、うつろな眼差しを遠くに向けたままおもむろに口…

沈黙(19)完

(19) 日比谷公会堂を皮切りに始まったモデルの全国ツアーは西日本に向かい、予定を順調に消化していました。大阪新歌舞伎座での公演も盛況にうちに終え、来週に松山市民会館での公演を予定している頃に秋葉君からの手紙が届きます。住所には新宿区…と記…

沈黙(18)

ミューアウッズの少女殺人は同じ年頃の少年少女らによるものでした。モデルがサンフランシスコを飛びたった頃にそれは解決したのです。 一緒に遊びにきていた彼らは、数日前のテレビドラマを真似て悪戯を始めたらしいのですが、止める頃合いを知らず、ドラマ…

沈黙(17)

「モデル君の元気も戻ったようだ」 「ええ、そのようですね」 「しかし、あそこで我々の名を呼ぶとは。会場の人より私が驚いた」 「それで思わず立ち上がってしまった?」 「大人げもなくはしゃいでしまった」 「まあ、いいじゃないですか。しかし、彼女は気…

沈黙(16)

モデルが探偵に疑惑を持ったと聞いて、私は遅ればせながら「飯坂殺人事件」を読むことにしました。そして書いたのが前回の「沈黙(15)」です。これを読まずに「沈黙」を書いてきたのですからいい加減にも程があるというものです。その時、ふと、あの絵が誰…

沈黙(15)

色鉛筆 部屋の中まで射し込んでいた午後の日射しが消え去ると、間もなく薄墨を流して迫る黄昏の暗い影が忍んできます。モデルの胸奥に突然湧き上がった黒い雲は、その迫り来る暗い影と同じで、時間が経つごとにその暗さを増していったのです。それは「飯坂殺…

沈黙(14)

水彩 前回は古き良き時代のアメリカの少年、そして今回は天上の伎楽。天空の遥か彼方におわします悲母観音の御姿。菩薩だから本来は男性なのだろうが、それはそれとして…。合掌 モントレーには、かってイワシ漁に湧いた頃を描いた壁画があり、キャナリーロー…

沈黙(13)

水彩 「僕も考えるところがあって…」ジャックは掌で顎を抑えながらポツリポツリと話し始めました。 「葉山が心理学に移ったことに僕は動揺した。葉山にダメなものが僕に出来るのかと。葉山と同じく宇宙はニコラスに任せたほうがいいのではないかと。そして悩…

沈黙(12)

水彩 「エデンの東」サウンドトラック http://youtu.be/h1fOFlG5b2wエデンの東 - goo 映画 「さあ行きましょう、まさこ。エデンの東へ。カルフォルニアの青春を探しにモントレーへ」 それから数日後のことです。モデルとマリアは映画「エデンの東」の舞台と…

沈黙(11)

その頃モデルはマリアと出かけていました。 「今日、トムが来るの。私は出かけられないから、二人でどこかへ出かけたら」 その朝、ジュディがそう言ったのです 「そう、いいの。まさこ、行きましょう、ロサンゼルスへ」 「ロサンゼルス?」 「そう、ロサンゼ…

沈黙(10)

刈屋蘭堂の甥とはいったい誰なのか。『沈黙』を書いているのはいったい誰なのかと、私はふと考えることがあります。そして、乱穂先生と呼ばれる人物が『私』を名乗り書いているのではと思うのです。屋根裏に籠って小説を書く男は、実は小説だけではなく日記…

沈黙(9)

Point Bonita Lighthouse ポイントボニータ灯台はマリン郡の太平洋岸、ウェストマリン地区にあります。ゴールデンゲートブリッジを渡って左方向に行ったところです。 「ヘイ、ガール。元気かい」 突然、見知らぬ男が声をかけてきました。 二人は気晴らしに太…

沈黙(8)

Mt.Tamalpais 私にはタマルパイス山はこんな風に見えたのです。 「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてます」 奥から大柄な黒人女性が現れました。そしてモデルに近寄り、 「おおっ、まさこ。よく来たわね、まさこ」 と言って抱き締めます。大きな胸と…

沈黙(7)

ゴールデンゲートブリッジ 雲のような霧の上に橋柱がわずかに見える。 モデルの降り立った空港はロサンゼルスではなくサンフランシスコだった。従って彼女がサンタモニカへ行くことはなく、別の場所になると思われる。しかしここではサンタモニカに敬意を込…

沈黙(6)

ラフ画(2) 例の持ち出した誰の絵とも分からぬものに手を加えた。相当に薄くなっていたので、まずはBと2Bで濃くすることから始めた。絵の6、7割はデッサンで決まってしまうと思っているから、もうこの絵は出来上がったも同然なのだと、素人の私は泰然とした…

沈黙(5)

ラフ画 この絵も土蔵文庫にあったもので鉛筆のラフ画である。 暇を持て余した時、私は良くここを訪ねる。ここには歴代の店主たちが思いのままに集めたものが展示されているが、それぞれが好き勝手に集めたもので系統だってはおらず、また大して価値のありそ…

沈黙(4)

別の一枚 もう一枚あったこの絵は、鉛筆の下書きの上に直接、背景は色鉛筆で人物は顔面だけがパステルで塗られたもので完成していない。何が気に入らなかったのか、描きかけのままである。構図やポーズは「沈黙」と同じであるから同じ時のものだろうが、眠っ…

沈黙(3)

「本当に忙しない人だけど、あれでなかなの好人物なのです。私は全く頭が上がりませんけども、世間の評判とはずいぶん違う人なのです。あなたも色々聞かされてきたと思いますが、どうでしたか会ってみて、印象が違ったのではありませんか」 乱穂先生がいなく…

沈黙(2)

原画 ] この絵は蜂太郎本舗土蔵文庫にあったもので、実際はこのように色褪せております。誰がいつ頃描いたものか、パステルと色鉛筆で書かれているのですが、サインも日付もありませんのではっきりしません。ただ、裏側に「沈黙」「ロンブローゾ」「エジソン…

沈黙(1)

開かれた眼はどこかうつろで潤んで見えました。笑みを浮かべた口元もこころなしか引きつっているようで、女性は疲れているようでした。 「こんなことでいいのかね、秋葉君」 シャツはコートのようになってるし、モデルは誰だかさっぱりだし、さらに、せっか…