蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

沈黙(1)


 開かれた眼はどこかうつろで潤んで見えました。笑みを浮かべた口元もこころなしか引きつっているようで、女性は疲れているようでした。
「こんなことでいいのかね、秋葉君」
 シャツはコートのようになってるし、モデルは誰だかさっぱりだし、さらに、せっかくの野外なのに季節感もまたさっぱりだし、などと思いながら絵を眺めていた秋葉君に、突然振り返った乱穂先生は不機嫌な顔を見せました。そして、
「こんなことでいいのかね、秋葉君」
と、繰り返えすのでした。
「…」
「モデル君に対して失礼だとは思わんのかね」
「…」
 乱穂先生が絵を書くとは思いもしなかった秋葉君ですが、それでも「自分で書いたんじゃないか」とはとても言えず、沈黙する他はありませんでした。
 そのうちに怒り疲れた乱穂先生はウトウトし始め、「40周年はまた私が…」などと呟きながら眠り込んでしまいました。それを見て秋葉君は、
「私も飯坂の殺人事件を解決したばかりで、少しのんびりしたいのです。あなたもお疲れのようですから、ここを逃げ出して、静かな所へでも行かれたどうですか。私は事件を解決すると、その後暫くは人と会うのが嫌になるのです。ですからこれから姿を消そうと思います。人間、休息も大事です。少しばかり寛いだからといって、人にとやかく言われる筋合いはありませんから。言いたい奴には言わしておけばいいんです。アメリカ西海岸に知り合いがいますから、何でしたら用意させましょうか」
と、モデルと同じくどこかへ消えてしまいましたとさ。
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注)
乱穂先生…江戸川乱歩ではありません
秋葉君…明智君改め(12.3)
「飯坂殺人事件」…「E坂の殺人事件」改め。(12.3)飯坂温泉を舞台にした推理小説らしいのですが、読んでないのでよく分かりません。作者は蜂谷八太郎。蜂太郎本舗土蔵文庫所蔵。


森昌子「二日間密着レポート」
http://youtu.be/tPmOKKC6J8k