蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

沈黙(9)


Point Bonita Lighthouse
 

 ポイントボニータ灯台はマリン郡の太平洋岸、ウェストマリン地区にあります。ゴールデンゲートブリッジを渡って左方向に行ったところです。

「ヘイ、ガール。元気かい」
 突然、見知らぬ男が声をかけてきました。
 二人は気晴らしに太平洋岸のポイントボニータ灯台までドライブしたのです。1877年に建てられたこの灯台は、カルフォルニアでは唯一自動化されてない場所でした。1855年のフランス製フレネルレンズを今でも使い、悠久の光を灯し続けているのです。海に突き出した断崖の上にあり、夕方にもなると人の気配は全くなくなるところでした。今は昼時ですから何台かの車が止まっています。灯台に続くトンネルの前のその駐車場で、その隅に建つトイレにジュディが向かった時でした。車を降りた男がモデルに近づいていたのです


「…」
 モデルは知らん振りをしています。
「ヘイ、ガール。彼女がジュディかい」
 男はトイレの方に首を振って再び言ったのです。
「あなたは誰?なんの用ですか」
 男はジュディを知っているようでしたが、嫌な話し方をする男です。いちいち、ヘイガール、ヘイガールと言います。私はガールではありません。もう18のれっきとしたレディです。と思っていましたから、モデルは言葉ではなく表情にそれを示して男を見返したのです。モデルは少し苛ついていたのです。
「僕かい、僕はジャックだよ、ガール」
 しかし男はそれを意に介する様子はありませんでした。彫りが深く、眼窩が暗く落ち込んでいます。どちらかと言えば男臭い風貌をしていたのです。しかしその口から発せられる言葉は軽薄で陳腐でした。その軽薄さがモデルの心証を酷く傷つけ、苛立たせていたのです。
「ジャック…。そのジャックが私に何の用?」
「僕は君を知ってるよ、ガール。君はジャパニーズの歌手だろう。天才と言われているあのガールだろう」
「…」
 モデルは驚きの眼差しで、再び男を見返したのです。
「そんな目で見るなよ、ガール。僕は怪しい者じゃない。ニコラスが覚えているかどうか知らないけど、彼の友人さ」
 男はその深い眼窩を少し狭めてそう言ったのです。
 穏やかな光が男の顔を真上から照らしていました。太平洋は青く静かに広がっています。この辺は航海する船にとって危険な場所だったのですが、この日の海は静かで荒々しさはなかったのです。ずっと先まで穏やかで、そのまま日本に続いているようでした。
「僕は何度か日本へ行っている。その時にテレビで君を見たことがある。おっと、そろそろ失敬しなきゃいかん時間だ。バイ、ガール。グッドラック」


 ジュディが静かにこちらに向かっているのが見えました。その姿は優雅です。ブロンドの髪を僅かに揺らして、地面の少し上を滑るように歩くのです。それはマリリンモンローほど妖しくはありませんがマリリンモンローよりも優雅で、まるで天女のようだったのです。
「誰、知り合い?」
 ジュデイは、鋭い音と共に埃を巻き上げて急発進した車に目を向けていました。
「いいえ、知らない人、ジャック。だけどジュディの名前を知っていました。私が歌手であることも…。そしてニコラスの友人だとも言っていました。少し変わった男です。変なヤツです」
「ジャック…。うーん、誰だろう…思い出せないわ。それより、さあ、行きましょう」
 ジュディは眉間に薄く皺を浮かせて考えていましたが、思い当たる人物はいないようです。二人は灯台に続くトンネルへと向かったのです。
 その二人を、急発進させた車を木陰に止めてじっと見つめる男の姿がありました。


 ジャックと名乗ったこの男、はたして何者なのでしょう。全く不可解な人物で、「ヘイ、ガール。ヘイ、ガール」とばかり言ってました、とさ。


 ということで、「Hey Jude」と「Girl」があるが、ここは迷うことなく「Girl」だろう。「僕を悩ますあの娘」と言えば「Girl」に決まってる。


ビートルズ「Girl」
http://youtu.be/j4FZy3pWfWU


 誰でもいい僕の話を聞いてくれないか
 僕の前に現れたあの娘の話を
 僕を悩ますあの娘なんだ
 昨日はサンタクロースになって現れたんだ