蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

沈黙(12)


水彩


エデンの東サウンドトラック
http://youtu.be/h1fOFlG5b2w

エデンの東 - goo 映画


「さあ行きましょう、まさこ。エデンの東へ。カルフォルニアの青春を探しにモントレーへ」
 それから数日後のことです。モデルとマリアは映画「エデンの東」の舞台となった街モントレーとサリナスに行くことにしたのです。
カルフォルニアの青春を探すのよ、まさこ。そしてあなたの青春の思い出を作りなさい。それを糧に日本に戻って歌わなければなりません、いいわね」
 マリアはそう言ってエンジンをかけたのです。
「私はまだ歌えるのかしら」モデルはボソッと呟きます。
「大丈夫、私が保証するわ」
 マリアは硬い表情のままでした。
 幹線道路に続く細い道の脇に濡れて光る枝葉が繁っています。国道に出ると所々霧の切れ間にキラキラ光るサンフランシスコ湾が見えました。早朝のゴールデンゲートブリッジは、海面がぼんやりと見える程度に薄い霧に包まれていました。
「マリアはジュディと違って慎重派ね」と、橋の途中でモデルが言うと、
「私が正統派よ。ジュディは単なるスピード狂」と言って、マリアはすましています。
 あの日、結局ロサンゼルスへは飛行機で行ったのですが、あの時の空港までの運転と同じくマリアは慎重でした。アメリカの女性はみんなジュディのようにバンバン飛ばすのかと思っていましたが、マリアはそうではありませんでした。
「ジュディの車に慣れているからニコラスは私の運転を嫌がるの。あれこれと難癖つけて逃げるのよ」
「私、マリアの運転、嫌いじゃないわ。私も慎重派だから」
 モデルは少しマリアの機嫌を取ります。でもそれは本音に近いものでした。
「そうよね、私たちが正統よね。ジュディは顔に似合わず男勝りのところがあるから…気も強いしね」と言って、マリアはその太い首を竦めるのでした。
 マリアの運転する車は後続の車に道を譲りながら、慎重にカルフォルニアを南下したのです。

「へい、ケイト」
 町外れにたむろして声をかける男たちを歯牙にもかけず、ベールで顔をおおった女が悠然と通り過ぎる。黒いドレスに身を包んだその女の後を、ひとりの若者がひそかに追っていた。女の家の前で様子をうかがおうとうろつく若者を、女は用心棒を使って追い払う。孤独な目をしたその若者が、赤ん坊の時に置き去りにした自分の息子であることに、この時まだ女は気づいていなかった。(「エデンの東スタインベック・1952年)

 モントレーで母の家を追われたキャルは、やむなく20km離れたエデンの園サリナスに戻るのですが、しかしそのサリナスとてキャルにとって居心地のいい場所ではありませんでした。キャルは母と同じく禁断の実を食べたアダムとイブの息子だったのです。キャルの住むべき街は弟アベルを殺して主の元を去ったカインが住んだ場所、今母が住む街と同じだったのですが、その街を母の手によって追われてしまったのです。 

 「父さんは聖人。常に正しい。僕らは許される側だ…。父さんが僕を嫌うのは母さん似だからだ。母さんを愛したことを悔やんでいるんだ」(映画「エデンの東」1955年)

 こうしてキャルは、自分が住むべき場所は母親と同じと考え父親に刃向かいます。青春の孤独と苦悩、そして父の愛に飢え、真実の愛を求めて反抗するのです。


 その映画「エデンの東」はモントレーとサリナスを舞台にしています。作者スタインベック旧約聖書の創世記を題材に故郷サリナスをエデンの園に見立て、そしてこよなく愛した港町モントレーエデンの東、ノドの地としたのです。そこに双子の赤ん坊を置いて去った母ケイトが売春宿と酒場を経営して自堕落に暮らしていました。モントレーは弟アベルを殺して主の元を去ったカインが住んだ場所、ノドだったのです。


「ヘイ、ガール。元気かい」
 二人がモントレーの船の浮かぶ港を歩いていると声をかけてくる男がいました。ジャックです。
「マリア、ジャックよ。変な奴」
 モデルは直ぐにジャックに気づき、マリアの陰に隠れました。
「ジャック?」
「ヘイ、ガール。逃げなくてもいいじゃないか」
 相変わらず人の意向を気にする風はありません。
「ジャック…?」マリアはまじまじと男を見つめていました。そして、
「あっ、あんたはジャック、いやジュニア」と思い出したのです。
 大きな黒人のおばさんの言葉に、ジャックは少し後ずさります。
「誰だよ、あんたは」
「私よ、私。覚えてないの」
「知らないよ」
「私よ、マリア」
「えっ、マリア…。嘘だろ…、まずい」ジャックは後ずさりのまま、そこを去ろうとします。
「ジャック、戻りなさい」後ろ姿にマリアは声をかけます。「ジュニア、戻りなさい」
「知り合いなの」モデルは怪訝そうにマリアを見ていました。
「ええ、ニコラスのね」
 ジャックは照れ笑いを浮かべながらゆっくりと戻ってきます。
「マリアが一緒だったとは。それにしても変わるもんだね」
「余計なことはいいの。それよりあんたは今何をしてるの。急に大学を辞めていなくなったって聞いたけど」
 その言葉にジャックは、顎に手をやると神妙な面持ちのまま目を伏せてしまいましたとさ。