蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

父の自分史「 生い立ち」(8)

如拙瓢鮎図」(注)


昭和11年(1936年)
 四月に六年生になった。この頃までは大して生活が変わったとは感じていなかったが、これからはどんどんと変わる。いつもなら新学期には新しいボールが各教室に配られたがこの年辺りからそれもなくなり、体操の時もポールを蹴ってはいかん、大切に使うようにと言われる。傘も、開くとパリパリと音がして油の匂いがする新しいものが廊下に並べられてはいたが、余程破れてなければ古いものを使うようにと言われる。


 受持ちは今年も同じ先生だった。はっきりしないが、多分この年から男子と女子が別れて二クラスになったと思う。前の年と同じで先生は怒ってばかりいる。何で怒るのかなあとよく思っていた。何時だったか、「もう先生とは思うな。お辞儀もしなくとも宜しい」と言ったこともあった。それでも級長の「起立」「礼」の号令で授業は始まる。私は直接叱られたり注意されたりしたことは全くなかったが、クラス全員が叱られるから同じ事だ。今になって考えてみても、何を教わったのかさっぱり分からない。
 また、先生はひねるのが得意だ。ある時、説教が始まり「皆、目をつぶれ」と言われたことがあった。皆んなで目をつぶって先生の話を聞いていると、
「自分で良く考えること。自分が悪くないと思う者は手を上げろ」と言う。
 何が何だか分からないから手をあげる。今思うと禅問答でもやっているかのようだった。


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昭和11年
二・二六事件(「目録20世紀1936年」講談社


主な出来事
・漫画フクちゃん:1月25日、横山隆一「江戸ッ子健ちゃん」東京朝日新聞に連載開始。(後の「フクちゃん」)
二・二六事件:2月26日、歩兵第1、3連隊などの青年将校21人が下士官、兵士約1400人を率いて、首相官邸、警視庁などを襲撃し、高橋是清蔵相らを殺害した事件。2月27日〜7月18日東京市戒厳令がしかれ、17名が代々木の陸軍衛戌刑務所で処刑された。
阿部定事件:5月18日、東京、尾久の待合で局部が切り取られた男の絞殺死体が発見される。被害者は小料理屋店主の石田吉蔵。5月20日阿部定(31)が逮捕される。
・白バイ:8月1日、警視庁の赤バイが白バイになる。
・第11回オリンピックベルリン大会:期間8月1日〜16日。ヒトラーナチスドイツの宣伝のために開催した。ギリシャオリンピアからベルリンまで3000kmの聖火リレーが行われ、聖火リレーの始まりとなった。日本のメダル獲得数は金6、銀4、銅10 。田畑直人が男子三段跳びで金メダル、走り幅跳びでも銅メダルを獲得。孫基禎が男子マラソンで金メダル。


流行り言葉や初登場のものなど
前畑ガンバレ:ベルリンオリンピック、女子200m平泳決勝実況での河西アナの連呼。
大日本帝国:4月16日、外務省はそれまで日本国、大日本国、日本帝国、大日本帝国とまちまちだった国号を「大日本帝国」に統一し、すでに実施していると発表した。
うちの女房には髭がある:この年11月の封切り映画のタイトル。「ああそれなのに」は妻の言い分を歌ったもの。
その他にも
怪人二十面相・産業スパイ・兵に告ぐ・今からでも遅くない・下腹部・応急救護報知電話(119番)・緊急自動車・貸電話・慶弔電報 など

モノ語り36「目録20世紀1936」


流行り歌やその年のレコード
東海林太郎「椰子の実」
ディック・ミネ「愛の小窓」
榎本健一エノケンの月光価千金」
奥田良三「夜明けの歌」
岡晴夫「港シャンソン
中野忠晴「東京見物」
林伊佐緒「上海航路」
児玉好雄「吾等の空軍」
小唄勝太郎満洲ぐらし」
松平晃「人妻椿」「花言葉の唄」
淡谷のり子「おしゃれ娘」「暗い日曜日
渡辺はま子「忘れちゃ嫌よ」
藤山一郎「男の純情」「回想符」「東京ラプソディ」「東京娘」
楠木繁夫「女の階級」
二葉あき子「ビロードの月」「月に踊る」
霧島昇「思い出の江ノ島」「赤城しぐれ」
美ち奴「あゝそれなのに」
杉狂児美ち奴「うちの女房にゃ髭がある」



美ち奴「あゝそれなのに」
https://youtu.be/6_4PbwS1ito


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注)瓢鮎図(ひょうねんず):日本の初期水墨画を代表する画僧如拙の作品。国宝。「鮎」は鯰の意。瓢箪で鯰を捕らえようとする男が描かれている。男は瓢箪をしっかり持っているようには見えず、危なっかしい手つきである。
 古来より思索が繰り返されてきた瓢箪鯰。瓢箪で鯰を捕まえるとはこれ如何に。難問である。禅問答でもある。