父の自分史「 生い立ち」(10)
火野葦平「麦と兵隊」
昭和13年(1938年)
高等科二年はこの学校の最上級生であるから何かと忙しい。看護当番は肩から当番記章をかけ、休み時間など校庭や教室に怪我や病気の生徒がいないか注意して見て回った。また、あのころはものを大事に使った。習字の時間には紙が二枚しか配られなかったが、新聞紙を使って練習し、清書した二枚の内の一枚、上手に書けた方を提出するという具合だった。
もう間もなく年が暮れる。年明けの三月には卒業だ。もう遊んではいられない。友達とも別れ別れだ。皆どこに就職しようか思案しているだろう。胸を膨らませて未知の世界に思いを馳せているだろう。だが私にはそれがない。農家の長男であるから家に残らなければならない。取り残されたような気分でどこか寂しい。近くの飛行場まで自転車を飛ばし、寝転がって飛行機を眺めハーモニカを吹いた。感傷が残る。
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昭和13年
幻の東京オリンピック(「目録20世紀1938年」講談社)
主な出来事
・岡田嘉子:1月3日、女優岡田嘉子が杉本良吉と共に樺太国境を越えてソ連に亡命。
・笠松隕石:3月31日、岐阜県羽島郡笠松町の民家に隕石が落下。
・国民総動員法:4月1日に公布され5月5日施行された。この法律により国民の生活は大きな制限をうける。
・関門トンネル:4月19日、関門試堀海底トンネルが貫通。
・八つ墓村:5月21日、津山30人殺し。横溝正史の小説「八つ墓村」のモデル。
・東京オリンピック返上:7月15日、政府、東京市会、実行委員会が戦争の影響を受け第12回オリンピック東京大会の中止を決定する。
・従軍作家:9月11日、従軍作家陸軍部隊出発。久米正雄、丹羽文雄、岸田国士、林芙美子ら。
・従軍作家:9月14日、従軍作家海軍部隊出発。菊池寛、佐藤春夫、吉屋信子ら。
・従軍作家:9月27日、従軍作家詩曲部隊出発。西條八十、古関裕而ら。
・武漢三鎮占領:10月27日、日本軍、武昌、漢口 、漢陽の三都市を占領する。
・火星人パニック:10月30日、オーソン・ウエルズ出演のラジオドラマ「宇宙戦争」を実際のニュースと思い込み、全米がパニックになる。
・汪兆銘工作:11月20日、国民党副総裁汪兆銘と参謀本部軍務課長影佐禎昭大佐らが日華協議記録に調印したが、重慶政府に受け入れられず日中和平工作失敗。
流行り言葉や初登場のものなど
新秩序: 日本を盟主として満州、中国の三国が欧米の植民地支配からアジアの諸民族を開放する「新秩序の建設」をうたった。
木炭車:自動車後部につけた釜で木炭を蒸し焼きにし、発生するガスでエンジンを動かした。動力が劣り、坂道などでは乗客が後押ししたため、「のろま」「ぐず」の意味での流行語となった。
スフ:ステーブル ファイバーの略で、ドイツで発明された人造繊維のこと。
大陸の花嫁: 満州開拓農民の花嫁として大陸へ向かう女性のこと。満州移住協会が独身男性のために花嫁を募集した。
抱き合わせ: 純毛、純綿製品と混紡、スフ製品など良い品と悪い品をセットで売ること。
その他にも
代用品・黙れ・わしゃかなわんよ・対手(あいて)とせず・従軍作家・缶入りみかん飲料・蛍光ランプ・冷凍食品・シーラカンス・ナイロン・社葬・ホットドッグ など
モノ語り38「目録20世紀1938
流行り歌やその年のレコード
童謡「かわいい魚屋さん」
ディック ミネ「上海ブルース」「旅姿三人男」
伊藤久男「湖上の尺八」
塩まさる「母子船頭唄」
音丸「皇国の母」
加美可那子「君を送りて」
霧島昇、ミス コロムビア「旅の夜風」
古川緑波「江戸っ子部隊」「兵隊床屋」
四家文子「日の丸行進曲」
小唄勝太郎「とことん節」
松原操「悲しき子守唄」
松島詩子「私の青空」
淡谷のり子「雨のブルース」「青い部屋」
中野忠晴「バンジョーで唄えば」
渡辺はま子「シナの夜」
東海林太郎「上海の街角で」「麦と兵隊」
楠木繁夫「人生劇場」
二葉あき子「古き花園」
霧島昇、ミス コロムビア「旅の夜風」
https://youtu.be/Fb91k68Ch5c