蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

他7、夕笛の丘(森昌子)


 若者が突然諳んじていた詩の一節を朗詠すると、何故か少女は微笑む。「読んでみるかい」一冊の本を少女に差し出して、彼もまた微笑む。

 若者は夏休みを利用して、親戚であるという町の小さなの教会に来ていた。その教会は丘の麓、竜胆が群生する中にある。少女はこの高原の町の養療所で二度目の夏を過ごしていた。

 それを機に少女は幾度となく教会を訪ね、彼の朗読に微笑を浮かべた。そして夏の終わり、いつものように教会を訪ねて彼が東京に向かったと教えられる。

 少女は詩集の栞に「愛」の文字が記されていることを知っていた。それはずっ以前に書かれたもので、最近の文字ではないことも解っていた。それは彼が想う人への心であろう。

 駅は丘を越えたこの高原の小さな町の中心辺りにある。薄暮の空に輝く夕月は、時折雲に隠れながら西へと急いでいた。

 若者は群生の丘を急ぐ少女がいることを知らない。