俳句28 2012年10月
春の暮れなずむ頃です。地蔵堂の前を通ると、
「これこれ、何か忘れてはおらぬか」
と、声がする。辺りを見回しても誰もいない。空耳かと歩き出すと、
「これこれ、何か忘れてはおらぬか」
と、また声がする。
山際にはまだ明るさが残っている。周りもぼんやりと明るい。地蔵堂の前あたりだけが暗い。声は地蔵堂の中かららしい。
物言わぬ地蔵もの言う春の暮れ
と、こんなことがよくあったような…。
那須の野に狐塚あり立子の忌
立子は高浜虚子の次女、俳人星野立子(1903〜1984)。立子忌は3月3日。23歳で俳句を始め、父の勧めで昭和5年、俳誌「玉藻」を創刊主催した。女流では中村汀女、橋本多佳子、三橋鷹女とともに四Tと称された。
そして最後に、純情俳句集「命いっぱいの歌」の、おそらくは巻頭句。
鳴かざるも命はいっぱい唖蝉かな