蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

松葉の流れる町(26)

 

 達彦が戻った翌日につぐみはみどりの手紙を受け取る。それには6月24日の墓参りの事が書かれていた。高揚を抑えきれず今日まで書くことができませんでした。しかし、どうしても書きたかったのです、と最後の書かれた言葉が印象的で、彼女の心の動きが手に取るように分った。
 つぐみはこの本は知っていた。しかしこの著者が先輩であるとは知らなかった。
「『21度目の北回帰線』、高城曜子さん」と小さく口にした。


「小山みどりの手紙」

 雅子ちゃんお久し振り。鬱陶しい日が続きますがお元気ですか。勿論元気ですよね。元気のない歌娘では魅力半減です。
 私は最近、雅子ちゃんの歌が本当に好きなことに気づきました。温泉神社でのあなたの歌を聴いてから、あなたの歌には人を引き付ける何かがあると思っています。凄い歌だと思っています。必ずあなたは大ヒット曲を歌うことになると信じています。だから頑張ってね、あなたは私の目標なのですから。
 この間の高尾山は楽しかったわ。またどこかへ行きましょう。ある人に「あそこには美人温泉があったのに」と言われたけど私たちには関係ないわよね。元々美人だもの。そんなところへ行かなくても、二人とも十分に美人だものね。違うかしら。


 実は先日、高城先輩のお墓参りに行ってきました。6月24日は命日だったのです。雅子ちゃんは高城先輩を知ってますか。先輩と呼んでますが、私も直接お会いしたことはありません。「21度目の北回帰線」を書いたあの高城曜子さんです。私も最近まで知らなかったのですが、ある人にその本を教えられ高城さんが高校の先輩であることを知りました。雅子ちゃんも1年間通ったその高校の先輩にあたる人です。立命館に在学中の自殺でしたが、その死の直前まで書かれた日記が「21度目の北回帰線」です。「独りであること、未熟であること…」は身につまされます。私も多分同じかもしれません。「21度目の北回帰線」を読んでから何日も勉強が手につかず、それでお墓参りに行こうと決めたのです。

 私たちもそうですが、青春にある者には未来があります。希望があります、夢があります。しかしその未来が少しずつ輝きを落とし、色を失いつつある時、人はどうしたら良いのでしょう。輝く未来から眼を背けてしまう人を見た時、私はどうしたら良いのでしょう。高城先輩の日記を読みながらそんなことを考えていました。でも私は先輩に何もしてあげられません。ただ「先輩、頑張ってください。先輩、負けないでください」と心で叫びながら読み続けるだけで、溢れる涙をどうすることもできませんでした。

 この前書いた通り、入社早々会社を辞めることになって先生にも迷惑をかけてしまい、そのお詫びと進学の相談に何度か母校に行っていたのですが、その時に生物部の先生に高城先輩のお墓参りの件を話し、その花を頂く約束をしていました。在学時は生物部にいましたので、先生の話を聞いた後輩の園芸班の何人かも一緒に行くということになり、みんなで出かけ墓前で泣いてしまいました。


 高城先輩のお墓は東北本線N駅近くの寺にあり、墓碑は「高学院純心法曜大姉」と記されてありました。母校の後輩が育て、校章にもデザインされているマドンナリリーを先輩は喜んでくれたでしょうか。


 辛い話になってしまいました。後輩たちの育てたその時のマドンナリリーの写真を同封します。純白の綺麗な百合の花です。また雅子ちゃんの生歌を聴きに行きます。お互いに頑張りましょう。
1976年
みどり
私の目標の雅子ちゃんへ


P.S.高揚を抑えきれず今日まで書くことができませんでした。でも、どうしても書きたかったのです。ごめんね、私のわがままです。