蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

時代16、過ぎ去りし時の記憶

 1973年8月、1万3千トンのさくら丸が横浜港を出航した。この船は“日本一周・ろまんの船”と名付けられていて、女性ばかり7百名が客として、生徒として乗っていた。(中略)横浜を出て西へ向かい、九州の外側を通って門司に入港、そこで一日遊び、日本海を北上して、函館でまた一日の自由時間、それから、東京に戻って来るというコースで、このぜいたくな一週間のツァーが、7万5千円であった。
(中略)
 ぼくは、青年大学も、男女共学もやりたくなく、女性ばかりというのにこだわった。(中略)女性ばかりの日本一周の洋上大学をやりたいと言い、女性の時代であるとか、カルチャーの時代であるとかを盛んに話した。

 1971年、森昌子がスター誕生に出ていた頃、こんな歌が流れていた。


 私の海をまっ赤に染めて
 夕日が血潮を流しているの
 あの夏の光と影は
 どこへ行ってしまったの
 悲しみさえも焼きつくされた
 私の夏は明日もつづく


 石川セリが歌う「八月の濡れた砂」である。今回の井上陽水森昌子のテーマは「過ぎ去りし時の記憶」。この「八月の濡れた砂」を聴きながら「井上陽水森昌子」の項は終わる。

 この歌は「1-1 少女森昌子の挑戦(1)」でも取り上げ、「どこからともなく流れてくる石川セリの歌声は、諦めかけた若者の胸に響いて心の変化を促しているかのようだった」と書いた。あの頃の作品である。二人に直接の関係はないが少しは関係があって、この石川セリは陽水夫人であり、これは71年の歌だった。そして「夢を食った男たち」のなかにも記述される。

 冒頭の引用は阿久悠の文章からで、このろまんの船に函館から映画監督の藤田敏八と映画評論家の品田雄吉が乗る。彼等は「八月の濡れた砂」を携えていた。既にこの船には、講師としてスター誕生の審査員でもある中村泰士、都倉俊一、三木たかし井上忠夫森田公一等が乗っていた。そしてこの洋上大学は阿久悠が企画したものだったのである。再び「夢を食った男たち」から。

 “日本一周・ろまんの船”には、時代が積まれていると自負していたが、函館で藤田敏八品田雄吉によって積み込まれたものは、まさに時代の映画だった。(中略)封切こそ、その2年前のものであったが、語るのにはちょうどいい時期で、作品の知名度は行きわたった頃、と言ってよかった。映画は、監督と評論家の対談につづいて上映された。

映画「八月の濡れた砂」(1971)概要
 70年代の湘南を舞台に、学園紛争後のしらけ世代の気だるく無軌道な実態を描く。


石川セリ八月の濡れた砂
http://youtu.be/KAb8AKYeWlk


 「不良少女魔子」(主演:夏純子、監督:蔵原惟二)と同時上映だったこの「八月の濡れた砂」は、旧日活の最後の作品となる。日活はこれを境にロマンポルノ路線に移行する。日活の青春映画があの「太陽の季節」に幕を開けたと考えれば、この湘南を舞台とした「八月の濡れた砂」は日活にとっても時代の映画だった。ひとつの時代の終わりを告げた映画だったのである。

 映画界がこのような状況にあった頃、森昌子はスター誕生を経てデビューする。そして「八月の濡れた砂」の2年後、ろまんの船が横浜港を出航した頃に和田アキ子と共に「としごろ」に主演するのである。


映画「としごろ」(1973)概要
 当時流行のスポコンをベースにしたアイドル映画。この頃のホリプロは下火になったGSに代って和田アキ子森昌子が二枚看板であり、その二人を主演させるのは当然の方針だろう。ホリプロ三人娘の残りの二人、山口百恵石川さゆりをはじめ、多彩な俳優、歌手が脇を支える。その中に「八月の濡れた砂」で主役の一人を演じた村野武範がいる点が興味深い。村野武範は72年のテレビドラマ「飛び出せ!青春」の熱血教師役で良く知られており、森昌子がそのファンであると話した人気の二枚目俳優だった。また市村泰一の歌謡映画には定評があり、時代の資料としても貴重なもの。森昌子ファン必見か。

映画「としごろ」

としごろ [DVD]

としごろ [DVD]

映画「としごろ」撮影風景
http://youtu.be/FpNgnVuzzik
映画「としごろ」せんせい
http://youtu.be/IzgmMDWX8sQ
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注1:ホリプロに所属したグループサウンズ
サベージ、スパイダース、ヴィレッジ・シンガーズ、パープル・シャドウズ、オックス、モップス、ダーツ等
注2:井上陽水は1969年、アンドレ・カンドレの芸名で「カンドレ・マンドレ」でレコードデビュー。当時ホリプロに所属した。
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「ギターとたくあん」村松友視
内容紹介には、和田アキ子森昌子の間に井上陽水の名がある。
ギターとたくあん/堀威夫流 不良の粋脈

ギターとたくあん/堀威夫流 不良の粋脈