蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

21、森昌子 時代の歌謡曲


 「時代の歌謡曲」と書いているが正確に言えば時代ではない。その時である。昭和39年(1964年)、東京オリンピックのあった年の3曲を選んだ。昭和39年には次のような出来事があった。

 その他にも、銀座の「みゆき族」、「ひょっこりひょうたん島」放映開始、「オバケのQ太郎」連載開始、「平凡パンチ」創刊、「アイビールック」の流行、等。
 また、日本の高度経済成長期は昭和30年(1955年)から昭和48年(1973年)までの19年間とされ、その真っ只中の頃である。「昭和の流行歌」で「いつでも夢を」を挙げ、「思わずハミングしてしまうような高揚感あるメロディと歌詞は、高度成長期の夢ある時代を感じさせる」と書いたが、この3曲はそれとは少し趣が異なり、同じ高度成長期にありながら悲哀や抒情等の心に重きがあり、「その時」を強く思い起こさせる作品なのである。


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1、忘れな草をあなたに(昭和39年)
 オリジナル歌手:菅原洋一、作詞:木下龍太郎、作曲:江口浩司


 歌:森昌子
 http://youtu.be/hhNSvsYfymE


 忘れな草は初夏に紺碧色の花を咲かせるムラサキ科の1,2年草で、川辺や湿地によく見られる、目立たないが可憐さを象徴するような花である。そのためか残された逸話は悲哀に満ちたものが多く、その青は悲しげでもある。そのひとつが、気の狂ったオフィーリアが、忘れないでと言ってハムレットに渡したというものであり、そしてドイツに残るのは、珍しい青い花を少女のために取ろうとした若者が足を滑らして川に落ち、その時に残した言葉が、僕を忘れないでだったというものである。

 可憐な花が同時に悲哀をも併せ持つという乙女チックな状況をこの青に感じるのは、これらの逸話によるところが大きいのかもしれない。


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2、「智恵子抄」(昭和39年)
 オリジナル歌手:二代目コロムビア・ローズ、作詞:丘灯至夫、作曲:戸塚三博


 歌:森昌子
 http://youtu.be/wGYT6OO13p8


 「智恵子抄」は高村光太郎が1941年出版した妻の智恵子を詠んだ詩集で、1914年の処女詩集「道程」以来の作品である。
 智恵子は明治19年福島県二本松市に生まれ、日本女子大家政科に入学してから興味を持った油絵を卒業後も東京にとどまって学んだ。その一方で女子思想運動にも参加し、雑誌「青鞜」創刊号の表紙絵を斬新なデザインで描くなどして、時代の先端を行く「新しい女」として知られるようになる。そして大正3年、フランス留学から帰国した彫刻家であり歌人、詩人そして絵画にも通じた高村光太郎と知り合い結婚する。智恵子29歳のことであった。しかしこの後、実家の破産による心労や光太郎の長期旅行による孤独、芸術創作への絶望等が重なり、昭和6年の45歳の時に精神分裂症を発症、狂気のまま昭和13年、52歳の生涯を終えるのである。

 詩集「智恵子抄」は明治45年から昭和25年の間、光太郎の年齢でいうと30歳から71歳までの40余年もの長期に渡り書き続けられたもので、そこには、恋愛と結婚、智恵子の狂気と死、そして智恵子への追慕といった2人の愛と生活の全てが織り込まれている。光太郎自身「この詩集は徹頭徹尾苦しく、悲しいものであった」と語ったといわれる。

 歌謡曲智恵子抄」は「愛と死をみつめて」とその年のレコード大賞を争い、惜しくも敗れている。


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3、「愛と死をみつめて」(昭和39年)
 オリジナル歌手:青山和子、作詞:大矢弘子、作曲:土田啓四郎


 歌:森昌子
 http://youtu.be/5Riq_jKd8pQ


 「愛と死をみつめて」は大学生河野実と、軟骨肉腫に冒され21年の生涯を閉じた大島みち子(1942.2.3〜1963.8.7)との3年間に及ぶ文通を書籍化したもので、1963年に出版され、160万部を売り上げる大ヒットを記録した。
 高校生の頃、私はこの本を高校の図書館から借りて読んでいる。63年よりずっと後の話である。そして乱暴にもその本の余白に感想を記した。相当の頁に及んだと思う。或る日、図書委員だった同級生のTがやって来て「書き込んだのはお前だろう」と私を責めた。私は「知らない。俺ではない」と答えたが、確かに書き込んだのは私なのである。申し訳なかった。もうその図書館にその本は存在すまい。何を書いたか記憶にないが、書いたことよりその時のTの言葉を覚えていて、図書委員としてそんなに熱心とは思えなかった彼をその言葉だけで見直したことだけは今も覚えている。そんな思い出のあるこの「愛と死を見つめて」なのである。

 この本は何度もテレビやラジオでドラマ化され、映画化もされた。ヒロインは、北沢典子(64年ラジオ)、大空真弓(64年テレビ)、吉永小百合(64年映画)、島かおり(69年テレビ)、広末涼子(06年、テレビ)等が演じている。レコードは12歳でコロムビア全国コンクール第1位となった青山和子18歳の時のもので、同年の第6回日本レコード大賞受賞曲でもある。

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