蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

松葉の流れる町(5)

 温泉神社から戻って数日がたった頃にみどりからの手紙が届いた。みどりとつぐみは宇都宮で小学校から高校までずっと同じ学校に通った幼馴染で、つぐみがデビューして都内の高校に移ってからも互いの近況を知らせあう程の仲良しだった。二人ともこの3月に高校を卒業したばかりだったが、その頃のみどりの手紙には大学受験に失敗し、親との約束だから就職しなければならないと書かれていた。 

 雅子ちゃんお久し振り。この間偶然ステージを見ました。栃木県北部の小さな町の神社でです。私はその町へキバナノアマナとヤブサンザシという野草を探しに行っていたのです。その町の奥に雲巌寺という寺があって、その辺りでは4月頃に咲くのです。最近、他ではあまり見られなくなってしまったのでわざわざ出かけていたのです。


 そしたら知り合いの人が、「祭りの会場で演歌歌手の歌謡ショーがあるから見に行かないか」と誘ってくれ、しかもその演歌歌手が一条つぐみだというものだから、すごい偶然だと思って連れて行って貰いました。お神楽も鄙びていて面白かったし、雅子ちゃんの生歌を聴けて嬉しかったわ。「さよならの町」や新曲の「悲しみの町」も良かったけど「潮来花嫁さん」は感情が伝わって来てとっても良かった。私、涙が出そうになっちゃった。雅子ちゃんも本当の歌手になったんだなあって、しみじみ感じたわ。ごめんね、生意気言って。


 鮮やかな瑠璃の着物姿のあなたは古めかしい神楽殿の舞台に女神のように存在しました。その舞台で歌うあなたは神々しく見えました。歌には喜びや愛しい人への想いばかりでなく、悲しさや辛さそして時には怨念までもが籠められているものかもしれませんが、あなたの歌にはそれらも越えた神々しさがありました。それはその神聖な場所に棲み続けた精霊の息遣いのようで清々しくもあったのですが、同じ年の人とは思えないプロの歌手の歌だったので驚いたり感動したりした一日でした。獅子の舞方が舞台横手に呆然と立ち尽くして舞台のあなたを見つめる姿も印象的でした。


 雅子ちゃんを見て私も頑張らなければと思いました。それで報告なんですがやっぱり大学に行くことにしました。受験に失敗して両親との約束通り就職したのですが、もう一度両親に話そうと思います。仕事はやめて来年また受験します。最近このまま仕事を続けていいのだろうかと悩んでいました。将来後悔することになってはと思ってはいましたけど、どうしても踏ん切りがつかなくて、それが雅子ちゃんの歌う姿を見て決心がつきました。私も頑張ろうって。それでまた受験勉強を始めています。受験勉強を始めても、時々は野の花を見に出かけようと思っていますが、雅子ちゃんに負けないように頑張ります。農大か農学部に行って、植物の勉強をします。お花屋さんにはならないわよ。切ったり生けたりはしません。私は花を育てる人になりたいのです。地面に生える自然の草花を育てます。


 結局、ヤブサンザシは見つからなかったのですが、キバナノアマナとホンモンジゴケを見てきました。ホンモンジゴケは雲巌寺の境内にあるのですが、そこにはあの芭蕉の句碑もありました。古文「奥の細道」にも載っていたかもしれませんが、啄木鳥を詠んだ俳句です。私は古文が苦手だから余り良くわからないのですが、有名なお寺だそうです。帰りに座禅草の群生する場所にも寄って来ました。残念ながら花季は終わっていたのですが、頂いた座禅草の写真が何枚かありますのでその内の一枚を同封します。面白い形でしょう。お坊さんが座禅しているような形だから座禅草っていうらしいけど、可愛いでしょう。花季の頃はこれが変に臭うので嫌がる人も多いのですが、私は好きなんです。雅子ちゃんはどうかしら。


 最後に、お休みの日があったら教えてください。今度一緒に出かけましょう。歌、頑張ってね、応援してます。みどり