蜂太郎日記

森昌子を聴きながら・・・

7-4 「さようなら」と「みだれ髪」(2)


 星野哲郎は「みだれ髪」推敲の頃「祈る女という言葉をなくさないで下さい」と書かれた美空ひばりからの手紙に、一度削ったその言葉を復活させたという。美空ひばりのこの頃を思うに、どうしても彼女はその言葉を身近に置いておきたかったのだろうと思われる。我々が普段見ている光輝くスターの裏側に確実に存在する人間美空ひばりが、この「祈る女」の姿を必要としていたのであろう。  1980年初頭から彼女の周りに起ったことと退院直後の不安を思えば、それはごく普通の心の在り方であるとは言える。しかしこの「祈る女」に彼女が何を期待したかは本人のみが知るところではある。
 船村徹もまた作曲に際し、退院直後の彼女の体調を気遣って「病後の体調を考慮したほうが良いのか」と製作部長に尋ねたという。その部長のハンデなしに完璧な作品をとの返答に意を決し、それまでに作られてきた彼女の曲の最高音よりさらに半音高い音を敢えて使ったという。それを彼女は見事に歌い上げている。特に3番の最後のフレーズ「ひとりぼっちに しないでおくれ」はひばり自身も特に好きな箇所であったと言われているが、今に聴いても彼女自身の心の叫びのような凄まじい歌唱振りに心が震えるのである。


 そして我らが昌子のファイナルでの場面であるが、これは斎藤茂氏の記述を、全体の雰囲気と二人の思いが感じられるのでそのまま引用する。その空気の中にあった人のその時の感覚こそが、その場の情景を最も的確に現すことができると思うが故に。

森昌子はフィナーレのあと、客席に降り、客の一人一人にあいさつをして廻った。やがて遠藤実の席の前に来る。「昌子しあわせにな」と声をかけると彼女は「あ、先生!」と叫んで恩師のふところに飛びこみ泣きじゃくった。それを見て私は『せんせい』というあの歌の情景をみる思いがしたのであった。(「昭和の流行歌100選・おもしろ秘話この人この歌」斎藤 茂)